こんにちは。AO入試・推薦入試(総合型選抜・学校推薦型選抜)専門「家庭教師のカカオ」代表の高野祐大です。

みなさんには好きなこと・得意なこと、嫌いなこと・苦手なことがあるかと思います。それが一人ひとりの「個性」になっています。
ところで、スケールの大きい話になりますが、今の日本は様々な問題を抱えています。人口減少や自殺者の問題、世界での日本の競争力の低下…上げたら切りが無いほど問題が山積しているにも関わらず、抜本的な解決策は見出せていません。このままでは、今私たちが当たり前に送っている便利で不自由の無い豊かな生活が、近い将来出来なくなってしまう可能性だって十分にあるのです。

また科学技術の進歩はかなり進んでおり、将来的に今まで人間が行なって来た仕事が無くなってしまう可能性があります。例えば、電車の改札です。昔は自動改札機などなく、人が改札口に立って切符を確認していたのですが、その人たちの仕事は自動改札機に打って変わられました。最近では定期券売り場も閉鎖され、自動券売機で発券するなど、身近でも技術の進歩によって人が行なっていた仕事がオートメーション化されてる事例がよくあると思います。将来的にはこれがどんどん進んで行くことが考えられます。大学を卒業して就職出来たとして、その仕事が一生残っているかと言われれば、その可能性はかなり低いのです。

個性を持とう

日本の将来も暗い、仕事も無くなってしまうかも知れない。そんなの夢も希望も持てないような未来が待っているように思います。
それならどうしたら良いのか。それは逆に「個性豊かな人間になる」ということなのです。そうは言ってもどうしたら良いのか。個性を持つには「夢や希望を持つ」それだけで良いのです。なにカッコつけたことを言ってるんだ、と思うかも知れませんが、本当の話です。
「夢」や「希望」というのは、好きなことを好きなだけ打ち込む原動力になるのです。自分なりに夢を持って、好きなことに好きなだけ打ち込む。それだけで良いのです。

例えば、ディズニーが好きだとします。ただ好きなだけだと、好きで終わってしまいますが、好きなものに好きなだけ打ち込めば、それは立派なその人の「ディズニーファン」という「個性」になるのです。

もう一つ例えるとすれば、日常的に「マクドナルド」を利用している人が居たとします。非常に不健康だ、といった話はさておき、マクドナルドをただ毎日利用している、というだけではただの「ヘビーユーザー」ってだけですが、あまりにもマックが好きすぎて日本全国のマクドナルドに足を運び数千店の店を食べ歩いたとします。そうしたらそれは確実に「マックオタク」と呼ばれてしまうでしょう。その時点で、とてつもない「個性」を持った人物になれるのです。
「そんな日本全国のマックを巡っただけじゃ実際の社会じゃ何も役に立たない」そう思われるかも知れません。しかし、その「行動力」だけでも評価されますし、「一つのチェーン店の店ごとの微々たる違い」「◯◯をしている店は接客が丁寧」など、マックの社員の方でも気づけないようなところに気づけてるだけで、「個性」を持った人間なのです。
これからは「多様性の時代」と言われます。それは「様々な個性を持った人が集まれば無限のアイディアが出て、そこから新しいものが生まれる」そういうところにあるのです。

これも例えを出しておくと、世界中で大ヒットした「アナと雪の女王」。この作中に出てくるヒロイン「エルサ」は元々「悪役」の設定だったと言います。なぜ「悪役」が「ヒロイン」になったのでしょうか。それはエルサが歌う「Let It Go」という悪役の曲とは思えない素晴らしすぎる曲が作られたからでした。ここから当初の設定が変更され、世界的大ヒットとなった「アナと雪の女王」が生まれたのです。一人の作曲者の「悪役が歌う曲なのに素晴らしすぎる曲を作曲した」という個性ある作曲家がいなければ、あれほどの大ヒット作は生まれなかったのではないでしょうか。「アナ雪」、多くの人が持っている「iPhone」、日常的に利用している「Twitter」「Facebook」。最近の世界的ヒット商品のほとんどはアメリカ初のもので、日本企業発のものはほとんどありません。それは、日本企業にありがちな、年功序列から始まる「上司の指示は絶対」、「一度決めたことはなかなか変更されない」という「個性無視」の「多様性を認めない」体質ではもうダメだということの現れなのではないでしょうか。

教育で日本は遅れをとっている

そんな未来を担う人材を養成する教育の世界でも、日本は遅れをとっています。
アメリカの大学入試制度は日本の「AO入試」と非常によく似ています。それもそのはず、「AO入試」はペーパーテストでは計れない「一人ひとりの個性」をみる入試が必要だということで、アメリカを参考に導入された入試制度だからです。アメリカでは日本のようなペーパーテストのみで入学を決めることはなく、必ず面接やエッセイを用いて合格者を選抜します。つまり、個性のない人にはなかなか難しい入試制度なのです。
またスウェーデンやオランダの学校では、日本のように時間割が決まっているわけではありません。自分の好きなこと・興味のあることから時間割を自由に決めることが出来、一人ひとりの個性を伸ばすことに重視した教育を行っています。
一方、日本では未だに紙と鉛筆を使った単純に知識の暗記、計算する能力に重点が置かれてしまっています。これはつまり、記憶力と処理力のある人間、言ってしまえば、記憶容量の大きい、処理速度の速いCPUを持った高性能パソコンを養成してしまっているだけなのです。前述の通り、コンピューターが出来る仕事はどんどん無くなっていってしまう時代。そんなときに未だに暗記に頼った教育をしている。暗記をせずとも、インターネットで検索すればありとあらゆる情報を得ることが出来ます。これからの時代に求められるのは、ググれば分かることをわざわざ覚えるのではなく、論理的思考力やオタクにしかわからない専門的すぎる知識といった、ググっても分からない問題を解ける個性的を持った人間が必要になってくるのです。

将来に展望が持てる入試制度こそが「AO入試」

私は現在の日本の教育制度のなかで最も有効で将来に展望が持てる入試制度こそが「AO入試」であると考えています。それでもなぜなかなか日本で導入が進まないのでしょうか。

一つは、日本には現行の教育制度が既に塾・予備校ビジネスを始めとして根強く確立してしまっているからです。学校の先生の仕事は教室で決められた教科書をもとに授業をすることで、全く内容の異なる「AO入試」が普及してしまっては対応しきれず困ってしまうのです。また日本独特の「塾・予備校」というビジネスもあって、そこも基本的には記憶や計算などといったテクニックを売る場所であって、一人ひとりの個性を伸ばす教育には対応できないのです。そんな状況なので、日本ではなかなかAO入試の導入が進んでいません。

もう一つは、現行の「AO入試」が機能していないことが多い。ということにもあるかも知れません。一部の大学ではAO入試で入学してきた人は成績が悪い、ということで縮小が進められていたりします。それ自体は正しい動きであると思います。しかしそれは、AO入試を行う大学、受験する生徒、高校すべてに問題があると思います。当然、大学側はAO入試で優秀な学生を選抜できる入試のレベルを確保できなかった、ということ。生徒と高校も、高校ではAO入試をしっかりと指導できる先生が存在せず、教科書的なマニュアル的指導しかできないということ。そういう状況もあって、学校の先生はAO入試について否定的な人が多く、そのため生徒にはAO入試という入試制度の知識すらも提供されない。という状況があるのです。

「家庭教師のカカオ」は、AO・推薦に特化しながら「大学合格をゴールにしない個性を創造する、日本で唯一の家庭教師」なのだ。

この記事を書いた人

高野 祐大
高野 祐大
家庭教師のカカオ代表。偏差値30、評定平均2.2で慶應義塾大学にAO入試で現役合格。学校の成績は大学進学も危ぶまれる状況だったが、AO入試で慶應義塾大学に現役合格した経験をもつ。大学入学後は、一人でも多くの人にAO・推薦入試にチャレンジしてもらうべく、日本初のAO・推薦入試専門の家庭教師センター「家庭教師のカカオ」を設立した。趣味は温泉。温泉ソムリエ協会認定温泉ソムリエ。